「コンパッションに満ちたまち」検討事業
2021年度に2年間の計画で始めた本事業は、研究会の立上げ、新型コロナウイルス感染症×介護を手がかりに、フィールドワークおよび介護職員等の語りの蓄積を実施しています。
【 Compassionate Communitiesについて 】
パブリックヘルスと緩和ケアにかかわる潮流が融合してAllan Kellehear教授らにより提唱されたもので、次のような中心的概念からなるものです(“Compassionate cities: Public Health and End-of-Life care” 、 Routledge、 2005)。
- Compassion(cum(together) + patio(suffering))は健康への倫理的要請である。
- 疾病・障害・喪失があってもなお、健康とはポジティヴな概念である。
- Compassionは全人的/生態学的なアイデアである。
- Compassionは喪失の普遍性と関連する。
「死にゆくこと(dying)」「死(death)」「喪失(loss)」の普遍性に焦点をあて、コミュニティのあらゆる場で「生老病死を地域住民の手に取り戻す」アクションサイクルにつなげる実践が生まれており、Public Health Palliative Care Internationalが、そのネットワークとナレッジ共有のプラットフォームとなっています。
海外調査報告書
2023年度
2023年度は、新型コロナウイルス感染症×介護を手がかりにした語りの収集・蓄積と分析を継続(①)するとともに、広くコンパッションに満ちたまちにかかわる国内外の事例収集や現 地調査を行い、アクションリサーチを開始(②)しました。 研究会の開催は見送り、①②それぞれ作業部会を設置して事業を推進しています。
1. 新型コロナ×介護に関する語りの蓄積・分析
2021年度から本事業におけるフィールドワーク等を開始していた滋賀県内の施設Aについては、2回のクラスター発生を経た振り返りの職員個人ワーク、これを踏まえたオンラインインタビューのデータを、施設・職員と地域社会、職場と家族、施設内に生まれた「間」とジレンマの観点から分析、一部を2023年7月の第9回オレンジクロスシンポジウム第1部で報告、苦しみとその分かち合いからの人間的な応答を促す語り(ナラティブ)の意義を提起しました。同年11月には施設Aを訪問して中間報告と意見交換、その後の状況に関するインタビューを実施しました。
宮城県内で複数の医療介護福祉事業所を有するグループCについては、グループ Cを主体、本事業として企画協力・運営支援を行った全役職員100人による新型コロナの経験を通じた学びの棚卸にかかわる試み(個人ワーク、オンラインワークショップで分かち合い、個人で振り返り)が一区切りとなり、本事業として、その可視化の支援の可能性を検討中です。
2. 国内外のCompassionate Communities の展開にかかわる調査研究
Compassionate Communities の特徴として欠かせない活発な住民参画と協働、保健医療サービスのリ・デザインに焦点をあて、国内では稲生会(札幌市)、ワーカーズコープ恵庭福祉事業所(恵庭市)、穂波の郷クリニック(大崎市)、ほっちのロッヂ(軽井沢町)、倉敷市社会福祉協議会(倉敷市)、ケアと暮らしの編集社(豊岡市)、にのさかクリニック/みんなのプロジェクト(福岡市)の訪問調査やインタビュー、意見交換を行いました。
また、2023年3月Institute of Palliative Medicine(インド・ケララ州 Kozhikode)に訪問し、診断名・年齢・社会階層にかかわらず不治の病、寝たきり、死にゆく患者の問題に、地域コミュニティが参画する医療サービス提供により対応する緩和ケアの仕組みである「ケララモデル」の理念と実践について学びました。2023年10月に再訪、若手の医療・介護関係者とともにケララモデルの核のひとつとなっている地域住民/家族介護者を対象とする16-20 時間の研修プログラムを受講、地元で活動する大学生らと交流するとともに、日本の各地の文脈にあわせた学びについて検討を重ねました。
以上の国内外の事例の検討を踏まえ、宮崎県都農町で、安心して暮らし続けられる仕組 みづくりの一環として、アプリも活用しながら、本人の声を聴き、その可能性に目を向けて本人を応援/ともに活動する仲間として「フレンズつの」を構想、傾聴ボランティア等約30人の参加を得て、2023年1月・2月に計2日間の研修を行いました。
成果の発信
- 2023年7月に第9回オレンジクロスシンポジウム「コンパッションに支えられるまちを考える」を開催。
アーカイブ動画はこちら - 2023年10月には、日本医療政策機構との共催で「WHO健康都市とコンパッションコミュニティの台頭~パブリックヘルスに求められる今後の変革」をテーマにAllan Kellehear氏の講演会を開催。
アーカイブ動画はこちら
2022年度
2021年度に開始した本事業は、新型コロナウイルス感染症×介護を手がかりにした語りの収集・蓄積と分析の継続を中心に、広くコンパッションに満ちたまちに関わる国内外の事例収集や現地調査を行いました。
当初計画した研究会については、新型コロナ×介護に関するデータ分析が進んでからその報告とアウトプットに関する議論を想定していたところ、フィールドとなる施設における陽性者の発生が相次いだことから調査や分析がずれ込み、年度内の開催を見送ることにしました。
新型コロナ×介護に関する語りの蓄積・分析については、2021年度から本事業におけるフィールドワーク等を開始していた滋賀県内の施設Aで、2020年夏及び2022年2月の2回のクラスター発生を経た振り返りの職員個人ワークを、2021年度に設計したツールを用いて実施(12人が参加)、その内容も踏まえ、職員11人に対するオンラインインタビューを実施しました。このデータは、まず施設・職員と地域社会、職場と家族、施設内に生まれたはざまとジレンマの観点から分析、一部を2023年7月の第9回オレンジクロスシンポジウム第1部で報告、苦しみとその分かち合いからの人間的な応答を促す語り(ナラティヴ)の意義を提起しました。さらに、2023年度もいくつかの視点から分析を継続予定です。
2021年度に振り返りと語り合いを予定して、第6波で計画中断となった宮城県内で複数の医療介護福祉事業所を有するグループCについては、仕切り直しの結果、新型コロナの経験を通じた学びを見つめ、今後に活かすことを目的としてグループC全役職者約100人が取り組む企画を、グループCを主体として実施、本事業として全面的に企画協力・運営支援と伴走する形となりました。第7波の影響による延期を経て新型コロナの経験に関するアンケートと振り返りの個人ワーク、これをオンラインワークショップにおいてグループ数人で分かち合う機会を持つことができました。第8波収束後に参加者の感想文まで回収が完了、2023年度以降分析を行います。
これらとあわせ、国内外のコンパッションに満ちたまちに関わる実践・研究動向に関する情報収集や調査も推進しました。2022年9月には、ブルージュで開催された第7回公衆衛生緩和ケア国際会議(PHPCI)に参加して見聞を広めました(島薗)。2023年3月には、先進地のひとつといわれるインド・ケララで現地調査を実施、診断名・年齢・社会階層にかかわらず不治の病、寝たきり、死にゆく患者の問題に、地域コミュニティが参画する医療サービス提供により対応する緩和ケアの仕組みである「ケララモデル」の理念と実践について学びました(医療介護関係者と堀田)。主にボランティアの養成については第9回オレンジクロスシンポジウム第2部で報告、2023年度は養成テキストを翻訳、国内でのアクションリサーチを準備します。
2021年度
2021年度の研究会は、慶應義塾大学大学院教授・堀田聰子氏、人類学者・磯野真穂氏(第2回まで)を世話人、医療・介護・福祉関係者を委員として4回開催しました。1回目はメンバーの問題意識の共有と事業計画をめぐる意見交換、2回目~4回目は排除と共生、喪失/逸脱と再生をめぐる学びを目的として、波平恵美子氏(区別すること、分類すること、差別すること)、久保忠行氏(難民をめぐる包摂/排除と<共生>)、竹中一平氏(噂とその伝達・伝播)、中村寛氏(排除/共生を考える)をゲストに迎えて講演と議論を行いました。
これと並行して、新型コロナウイルス感染症が介護・高齢者支援および地域社会に及ぼした影響に焦点をあて、2020年夏に複数のクラスターが発生した滋賀県甲賀市において、特に特別養護老人ホームAをめぐる地域の経験を排除/共生の観点から考察することを目的として、フィールドワークを実施しました。施設Aの関係者には、2020年度より別の事業の一環でクラスター発生の経緯や影響について継続的にオンラインでヒアリングにご協力いただいており、本事業の一環として2021年9月に現地を訪問、施設関係者、近隣住民、甲賀市役所、介護サービス事業者協議会、同時期にクラスター発生を経験した専門学校の所在地域の自治振興会関係者らと意見交換を行いました。このフィールドワークで得られたデータの整理を進めていた2022年2月に、施設Aが再びクラスター発生を経験したことから、改めて問題意識を施設関係者らとも共有しつつ、新たなデータの収集および分析を進める予定です。
介護現場における新型コロナの陽性者発生は、利用者・職員・事業所・法人・家族・地域の様々な関係性に変容をもたらします。そこで、勤務先事業所における陽性者の発生を経験した介護職員等が、一連の経過をどのように経験したか、そこで何を感じていたかに耳を傾け、そこにある「痛み」とその分かちあいに向けた手がかりを探っています。
具体的には、2020年秋に陽性者発生を経験した東京都内の訪問介護事業所Bの協力を得て、管理者および職員の語りあいの場とツールを設計、施設Aにおいて当該ツールを利用して職員3人の振り返りの場を設けました。併せて宮城県内で複数の医療介護福祉事業所を有する法人においても語りあいを計画していましたが、第6波で中断、2022年度に設計を変更して再始動を予定しています。
2021年度 「コンパッションに満ちたまち」検討事業 研究会
1. 委員、リサーチ担当、オブザーバー等一覧
氏名 | 所属・肩書 | |
---|---|---|
委員 | 生田 雄 | 社会福祉法人近江和順会 レーベンはとがひら 施設長 |
委員 | 西村 俊昭 | 一般社団法人Team Norishiro 理事/滋賀県甲賀市大原自治振興会 運営委員 |
委員 | 馬場 拓也 | 社会福祉法人愛川舜寿会 常務理事 |
委員 | 山崎 英樹 | 清山会医療福祉グループ 代表/いずみの杜診療所 医師 |
委員/リサーチ担当 | 〇堀田 聰子 | 慶應義塾大学大学院健康マネジメント研究科 教授 |
委員/リサーチ担当 (第1回、第2回研究会) |
磯野 真穂 | 慶應義塾大学大学院健康マネジメント研究科 研究員 |
委員/リサーチ担当 (第3回、第4回研究会) |
島薗 洋介 | 大阪大学 グローバルイニシアティブ機構 講師 |
リサーチ担当 | 南部 彩子 | 株式会社でぃぐにてぃ 経営企画室担当 |
リサーチ担当 (第1回、第2回研究会) |
松崎 かさね | 鈴鹿医療科学大学 助教 |
オブザーバー (第2回、第3回、第4回研究会) |
桐田 敬介 | 上智大学大学院 共同研究員 |
オブザーバー (第3回、第4回研究会) |
河村 詩穂 | 慶應義塾大学大学院健康マネジメント研究科 修士課程 |
オブザーバー (第3回、第4回研究会) |
土畠 智幸 | 医療法人稲生会 理事長 |
オブザーバー | 横路 千春 | 慶應義塾大学大学院健康マネジメント研究科 修士課程 |
注. 所属・職名は研究会参加時。〇は世話人
氏名 | 所属・肩書 | |
---|---|---|
事務局 | 村上 佑順 | 一般財団法人オレンジクロス 理事長 |
事務局 | 西山 千秋 | 一般財団法人オレンジクロス 事務局長 |
事務局 | 前田 実 | 一般財団法人オレンジクロス 事業企画部長 |
事務局(経理) | 福田 真穂子 | 一般財団法人オレンジクロス |
2. 議題、資料
以下を明記することで当委員会の資料の引用を認める。
- 資料作成者の所属
- 資料作成者名
- 「一般財団法人オレンジクロス 「コンパッションに満ちたまち」検討事業研究会 第○回研究会資料」
第1回 2021年8月24日
- 議題等
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- 2年間の事業概要と今年度の計画案
- ディスカッション
資料名 | 提出者、資料作成者 |
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生田委員自己紹介資料 | 生田委員 |
西村委員自己紹介資料 | 西村委員 |
社会福祉法人 愛川舜寿会について | 馬場委員 |
見てしまったことと、見たかったこと | 山崎委員 |
第2回 2021年10月11日
- 議題等
-
- ゲストによる講演とディスカッション
- お茶の水女子大学名誉教授 波平恵美子氏
「区別すること、分類すること、差別すること」-差別を正当化しかねない文化への警戒と対抗-
第3回 2021年12月20日
- 議題等
-
- ゲストによる講演とディスカッション
- 大妻女子大学 准教授 久保忠行氏
「難民をめぐる包摂/排除と<共生>-人類学の視点から-」 - 武庫川女子大学 准教授 竹中一平氏
「噂とその伝達・伝播」
資料名 | 提出者、資料作成者 |
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難民をめぐる包摂/排除と<共生>-人類学の視点から- | 大妻女子大学 准教授 久保忠行氏 |
噂とその伝達・伝播 | 武庫川女子大学 准教授 竹中一平氏 |
第4回 2022年2月21日
- 議題等
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- ゲストによる講演とディスカッション
- 多摩美術大学 教授 中村寛氏
「排除/共⽣を考える-闘争、修復、ソーシャル・デザイン-」
資料名 | 提出者、資料作成者 |
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排除/共⽣を考える-闘争、修復、ソーシャル・デザイン- | 多摩美術大学 教授 中村寛氏 |