講評
第9回 看護・介護エピソードコンテスト川名選考委員長
今回のエピソードコンテストには、昨年の2倍を超える260編の応募があり、過去最高を更新しました。Webからの応募が85%に達し、男性からの読み応えのある投稿が増え、長く女性専科だったケア分野に男性進出が進んでいることにも時代を感じました。作品のレベルが高くなり、選考委員3人の評価が割れる作品も少なくなく、当コンテストとして何を評価していくべきかという議論にもなり、「介護・看護の現場に光をあてる」という創設の原点を再確認しました。今回から理事長賞が追加されましたが、受賞作品は多様で、リニューアルスタートにふさわしい内容になったのではないかと思います。
大賞の「偶然とコトバ」(脇本優佳さん、看護師)は、自分が患者として入院した時のできごとと、看護実習での患者さんとの出会いがシンクロしていたというエピソード。たまたまの出会いと言葉で救い救われるという結構ややこしい話ですが、場面の切り替えが上手で、テンポ良く楽しく読めました。
優秀賞の「在宅ターミナルケアを選択して」(井上文子さん、非常勤講師)は、施設入所していた義父のがんが分かり自宅に引き取ったエピソード。ただ、家族は他県で暮らしていて、義父は一人暮らし。毎日を支えたのは、ヘルパー、看護師、在宅医のチーム。日本における在宅ケアの到達点を見せてもらった気がいたします。秋山委員は満点をつけていました。
逆にコロナ禍の施設で起きていたことを綴ったのが優秀賞の「虹のほほえみ」(吉沢慎一さん、福祉職員)。寂しさを訴え続ける認知症の高齢者とのやりとりに、情景描写を巧みにとりいれ、介護の仕事の意味を上手に表現できていると思いました。介護は生活ですので、特別なエピソードより、日常を巧みに切り出したエピソードを私は評価する傾向があるようです。
同じく優秀賞「奇跡をおこす、豊かな笑顔。」(河村一孝さん、会社員)は、生後9ヶ月で重度の障害をもつことになった娘をもつ父親の作品。ショックで鬱になり、会社にも行けなくなったところから、娘との向き合い方を変えたところ、一生無理と言われた笑顔を引き出すことができた。家族を思う気持ちが男性目線で描かれているところが新鮮と特に溝尾委員から強く推薦がありました。
選考委員特別賞は、初任者研修での体験から排泄をもっと明るいものにしたらと提案する「リハパンを履いてみたら」(沖田千絵子さん、介護職)、死が迫った入居者のためにふるさとのお祭りを施設で再現したエピソードを綴った「愛のかたち〜幸せな人生のために」(小松﨑有美さん、介護士)、今まさに祖母の介護をしているヤングケアラーが自分の思いを語っている「ありがとう」(中田汐俐さん、学生)。長く連れ添った妻が脳梗塞で倒れ、はじまったばかりの介護の覚悟を書いた「だから私は頑張れる」(中村正弘さん、無職)は、最後のパラグラフが最高に素敵でした。「猛吹雪をゆく訪問入浴」(村山祐太さん、社会福祉士)は、訪問入浴サービスを題材にした初の受賞作です。
介護職、看護師などケアを仕事とする人の作文コンクールもありますが、本人や家族からの作品も同じ土俵にのせているのが、当コンテストのユニークな点です。支援体制の構築は進んできているとはいえ、本人、家族が抱え込んでいる課題も残されています。両側からのごちゃまぜの視点があることで現場や社会の「今」がよりリアルに見えてきて、毎回勉強になります。ぜひ、ご一読ください。