講評
第10回 看護・介護エピソードコンテスト川名選考委員長

第10回もたくさんのご応募をいただきありがとうございました。応募の出足が悪かったので、年度末締め切りにスケジュールを変更したことが影響しているのかと事務局はやきもきしておりましたが、駆け込みも多く、最終的には200編の応募をいただき、当コンテストも10年を経て定着してきたと感じております。

大賞の「母と紡ぐ心の絵本」(天竹勉さん、非常勤職員)は認知症の母と初老にさしかかった息子の心の交流を綴った秀作。手作りの絵本を読み聞かせていた時、見たことのないはずの富士山を好きだと言った母親の言葉から、苦労して育ててくれた母の姿と幼かった自分への思いを手繰り寄せていったエピソードです。認知症になってもなお息子を慈しみいたわりを見せる母の姿に、溝尾朗選考委員は「自分の母親の姿とダブり泣いてしまった」そうです。読みながら私が想起したのは美輪明宏さんの「ヨイトマケの唄」。家族のために建築現場で働く母というところのアナロジーだけではなく、巧みな表現(作文の場合は、構成や文章)により、心動かさずにいられない作品になっています。思い出の絵を書き、記憶を引き戻すために問いかけや好きな童謡も入れたという手作りの絵本は、日常生活の介護だけでは得られない「心の安息地」をつくりたいと始めたそうです。介護現場で実践してみてはいかがでしょうか。

昨年5月に新型コロナが5類感染症に移行し、約1年。振り返る余裕ができたのでしょうか、今回、コロナ禍での介護をテーマにした作品が多く見られました。その中で、珍しく訪問介護による在宅介護を取り上げていたのが、優秀賞の「トゥー・ノートブックス・フル・オブ・ヘルプ」(尾崎紀子さん、会社員)です。

トゥー・ノートブックス=2冊のノートは、父親と離れて暮らす娘さんとリレー方式で毎日の食事を支えたヘルパーたちとの2年半に渡る交換ノートです。作文はやりとりを抜き書きしつつ、ヘルパーさんへの感謝で終わります。秋山正子選考委員は現場の視点から、「間質性肺炎で2年の在宅介護は大変だったはず。ちょっとした気遣いやいたわりの言葉があることで続けることができたのだと思います」とチームワークを高く評価しました。今年4月の改定で基本報酬がマイナスになるなど制度的には訪問介護には逆風が吹いていますが、温かな食事と食事づくりを通しての見守りの重要性、ヘルパーの仕事の価値を改めて考えてほしいと言う思いもあり、私も高得点をつけました。

考えてもみなかった視点の提示でとても勉強になったのが、優秀賞の「アトピーの集団介護」(木俣肇さん、医師)。生活の質が低下する重症のアトピー患者に対する周囲の介護の必要性を訴える作品です。アトピーは感染すると誤解があったり、見た目が悪いので皮膚症状が改善するまでは休職させようとする差別が介護現場にもあることにまず驚かされました。こうした無理解と戦い、伴走するのが医師としての著者の介護です。その職員が治癒に向かっていく姿を見た会社では、その後、アトピー患者を複数名採用。周囲の理解と応援という「介護」があり、患者同士が励まし合う環境があることでより迅速な治癒につながったと著者は分析しています。今回の優秀賞の受賞もよき「介護」となるといいですね。

認知症の高齢者がそわそわとして落ち着かずに家に帰りたがる光景は、グループホームの日常ではないでしょうか。優秀賞「優しいうそ〜バスの来ないバス停」(武田誠さん、介護職員)は、作者が勤めるグループホームの「バスの来ないバス停案内作戦」を紹介した作品です。バス停は、不要になったバス停をバス会社の協力を得て譲り受けた本物。不穏になった時に、外においてあるバス停に案内すると家に帰れると安心して、しばらくすると何事もなかったようにグループホームに戻ってくるそうです。バス待ちのベンチで井戸端会議する高齢者のほっこりとした映像も浮かんできます。本物のバス停というアイデアが高評価でした。

以下は選考委員特別賞です。

「救われたのは私だった」(前田幸子さん、助産師)は、プライベートがどん底で仏頂面で接した患者さんから「笑顔じゃなくて救われた」と励ましの手紙をもらったエピソード。「大変でしたね、なんて声をかけられたら、あなたに何がわかるのと罵倒してしまいそうだった」と綴られていました。お子さんが重症で入院中の流産という最悪な状況で、自分が一番つらいはずなのに、周りにも気配りできる。人としてすごい患者さんです。この出会いに著者は救われます。秋山選考委員は「自分のネガティブな部分もさらけ出してきちんと書き込まれている作品」と非常に高く評価されていました。良いケアはケースバイケース、千差万別と学びました。

「ほんとうのきもち」(末弘千恵さん、介護事業部マネジメント業)は、尊敬する母親が普段から言っていた通りに延命治療をせずに在宅で看取ろうとした時のエピソード。点滴、経口摂取を中止して10日目、突然起き上がり、おにぎりを食べて、「死にそうだったのに何もしてくれなかった」と文句を言われたことが「驚愕」だったと振り返ります。介護の専門家として本人の思いを汲み取っていると自負していた作者。相手が一番身近な人だから、余計に強烈な挫折体験といえます。本当の気持ちは、きっと本人にもわからないので、耳を傾け続けるしかないのでしょう。

「同性介護」(大西賢さん、会社員)は、最も人材不足が深刻な訪問介護にあって、仕事がまわってこない男性ヘルパーの実情と、男同士ならではのメリットを綴った作品。いかつい男性が実は恥ずかしがり屋だったというエピソードは意外にあるあるかもしれません。男性介護というテーマがほかにはなく、ゆっくり歩くような独特のリズム感のある文体で、難しい制度の話も噛み砕いてすっと頭に入ってくる感じがあり良い作品だと思いました。

「かっこいい背中」(酒井ニコさん、学生)は、作者が浪人時代に認知症の祖父を介護した時のエピソード。施設入所のための身辺整理中にたまたま見つけた日記には「忘れたくない、ぼけたくない」と元気な時の祖父の葛藤と家族への感謝の思いが綴られており、事業で成功し、おしゃれな背広を着こなしていたかっこいい背中を思い出します。今の状態がどうかだけでなく、どう生きてきたかをみるのはケアの大切な視点です。作者は福祉職を目指して勉強中ということですが、人の思いに寄り添える良い福祉職となることでしょう。

「気持ちを伝えるということ」(杉山ひかりさん、看護師)は、大学病院で勤務していた時に出会った医療的ケアが必要な新生児と献身的にケアをする若いママとのエピソード。障害で表情もない新生児のかすかな動きから感情を必死に読み取り、伝えるママの愛情と必死さ、それを真摯にうけとめる看護師のピュアな姿がリアルに伝わってきて、素晴らしいと思いました。

今回、初めてすべての応募作品に目を通し、埋もれてしまうのがもったいないエピソードがたくさんあることに気付かされました。

毎回、人生の疑似体験と思いながら一つひとつの作品に向き合い読ませていただいています。今年もたくさんの学びがありました。来年も楽しみにしております。