選考委員特別賞
第10回 看護・介護エピソードコンテスト『同性介護』
大西 賢さん

ヘルパーの資格を取ったときに、施設で働くか、在宅の現場に行くか、迷った。一緒に講義を受け、資格を取った人たちはほとんどが施設で働くことを選んだ。

みんながみんな施設を選んでしまったら、訪問介護の現場はもちこたえられなくなってしまう。そんな使命感を感じて、私は訪問介護で頑張ってみることにした。

介護職はとにかく人手不足だが、とりわけ、訪問介護の現場はひどい。事前にそんな情報を私は得ていた。なんとかして、この人手不足の業界の助けになりたい。そんな想いで入職したのだが、どういうわけか、仕事が割り当てられない。所長に訊いてみると、こんな答えが返ってきた。
「正直な話、訪問介護の現場では、男性ヘルパーには来てもらいたくないという利用者さんがとても多いんです。知らない男性が自宅に来るということに、抵抗を感じる方がとても多い。だから、男性ヘルパーに紹介できる案件がとても少ないんです」

これまで何人もの男性がヘルパーとして入職したが、この理由で、みんな辞めていったという。たしかに、私以外、男性の職員はいなかった。

介護はとにかく人手不足と言われている。そんな情報を聞いていると、まるで就職したら引っ張りだこになるかのような印象を受ける。だが、実際は違った。性別による需要の差は歴然としてあり、男性に身の回りの世話をしてもらうことに抵抗感を感じている人はとても多いのだった。

もしかしたら、自分はあまりこの世界では歓迎されていないかもしれない。

そんなことを感じ始めたある日、最初の仕事が入ってきた。タカシさんという八十代の一人暮らしの男性が生活に不便を感じており、そこの援助に行って欲しいというのだ。タカシさんは足腰が悪く、週に三回、買い物や調理のためにヘルパーが入ることになった。私は月曜日の援助を担当し、水曜日と金曜日は女性のヘルパーが入ることになった。

タカシさんの援助に入るときは緊張した。慣れない仕事で緊張したのではない。タカシさんの風貌から威圧感を感じたため、距離を置いた関係にどうしてもなってしまうのだ。

長いこと土木工事の仕事に従事し、親方まで務めたというタカシさんに対して、私はどうしてもよそよそしい態度になってしまった。筋肉質で厚い胸板を持ち、丸刈りにしたタカシさんの風貌には迫力があった。野太い声と無駄な雑談は一切しないという態度からも、近寄りがたい印象を受けた。私はタカシさんに頼まれて料理を作ったりしてみたが、「おいしい」とも言わなかったし、「おいしくない」とも言わなかった。

思い描いていた介護の姿と違う——。そんなことを思った。求人雑誌のヘルパー募集の広告に載っているような、エプロンをつけた介護職員と笑顔の高齢者が談笑しているといった風景がまったく出現しないのだ。他のヘルパーさんがどうなのか分からないが、私とタカシさんのあいだには緊迫した空気が流れ、人間同士のふれあいというよりは一瞬たりとも気の抜けない真剣勝負のような張り詰めた感覚があった。

これはヘルパー交代も近いかもしれない。

訪問介護の現場では、ヘルパー交代という権利が利用者さんには与えられている。相性の良くないヘルパーが来たときは、利用者さんは事務所に連絡して、
「別のヘルパーに来て欲しい」

と要望を出すことができるのだ。病院に入院して、
「担当の看護師を交代して欲しい」

と要望を出すことは難しいが、訪問介護の現場では一つの権利として与えられている。自宅は利用者さんが主役であり、つねに利用者さんの意志を尊重し優先させるという理念に基づいたものだ。タカシさんが、
「あのヘルパーを来させないで欲しい」

と言ってきた場合は、大人しく従おうと思った。タカシさんにはその権利があるのだ。

ある日、料理の最中に、タカシさんが、
「実はあなたに話があるんだ」

と言ってきた。やっぱり——。

女性ヘルパーのほうが細やかなところに気がつくだろうな、と思って聞いてみると、まったく違った。タカシさんはこんなことを言ってきたのだ。
「八十代半ばになって、だいぶ身体が動かなくなってきた。一人で入浴するのがしんどい。だから、あなたに入浴介助をお願いできないか」

そんなことを言ってきたのだ。私も介護職員だから入浴介助は頼まれればするが——。

タカシさんは、少しためらいながら、こんなことを言った。
「自分はどうも裸を見られることに抵抗がある。恥ずかしいんだ。その点、同じ男性なら少しは気がらくだ。今まで女性ヘルパーばかりが自宅に来たが、こうして男性ヘルパーが来てくれたことは何かの縁だ。やってくれないだろうか」

私は、タカシさんのことを外見と経歴で判断していたが、実際はとても繊細な人だった。屈強な身体つきをしているからといって、内面まで荒々しいわけではない。デリケートな内面をタカシさんが持っていることを知り、私はそれまでの表面的な人間洞察を恥じ、詫びたくなった。

翌週、タカシさんは着ているものを脱いで、私の介助で入浴した。

浴槽に浸かり、
「男のヘルパーさんが来てくれて助かったよ」

と呟くのを聞いたとき、介護職員として少しは力になれたかな、と思った。

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